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2010年2月15日 (月)

誕生日を迎えて

2月14日で43歳に。

毎年バレンタインデーなので何かとテンションはあがる。でも実際はそうでもないかな。それでもメッセージをいただくと嬉しいもので、ありがたいね・・。気を遣っていただき、ありがとうございました。

さて、歳を重ねたという喜びと共に世の中は不況の最中でそう喜んでもいられなさそう。やりたいこと、やらねばならないことなどたくさんあって果たしてこの人生の内に果たすのか!?などとも思うようになった。先日首都圏の13局のラジオ局でネットで番組を同時放送する試みを始める、という記事が載った。このことは関係者から聞いていたものの、実際に始めるとなるとますますラジオ離れが懸念される。それにレーティング調査もどうするのか?著作権は守られるのか?、免許状では地域放送のためその枠を外れるのでは?など疑問も多いが、とにかく番組を聴いてもらえる機会が多いのはありがたい。しかし、それゆえさらに正確な情報発信、おもしろい番組作り、オピニオンを持ったパーソナリティが求められ、関係者の奮起が必要だ。仕組みが変わるとそれに対応した柔軟性も求められるわけで、まず制作者である我々が変えなくてはならない。

20代半ばからこの業界で仕事をしてきて番組の形体や構成、または録音番組の収録の方法、クオリティまで変化をしてきた。私も特に収録番組の方法は街をぶらぶらしながら収録するというまるでテレビの様な収録方法を行い、リスナーに想像力をかきたてる内容で制作をしている。テレビと違い、情景描写力を必要としているのでそう簡単におもしろさは出ない。でもそこに敢えて挑戦をするのも新しいスタイルをリスナーが求めているからなのである。他の番組を差をつけなくてはならない、そんな意地もある。どうしたらもっと番組を聴いてくれるのか、そればかりを追求したらいつの間にかスタジオの外に出てしまった。

歳を重ねるごとに時代も変化し、僕等新しいスタイルの番組を発信しなくてはならない、そんなつぶやきでした。

2010年・・この4月から新しい挑戦をします。またいろいろ決まったらお知らせします。

2010年2月 2日 (火)

アマチュアほど物事を複雑にする。僕等はプロだ。

改編の時期ですね・・・・。僕等みたいにステーションに番組を供給したりコラボしたりする連中は一番この時期がシビアになり、神経質にもなるものだ。仕事をこなすには卒なくできてもスキルがないと気配りや気遣いがやはり足りない。これはここ最近言われている「コーチング」のテクニックにもはいるけど、部下に対して納得させてしまい理解していない、ということが多いからなのではないかな、と思う。納得させることは手っ取り早い。考案する隙も与えずいわば押しつけの状態になるからだ。でもよく考えるとクリエイティブ(創作)カテゴリーで仕事をしている物に理解できないことがあるのだろうか?理解ができないということはこの仕事に適合していないのでは?と思うこともある。むしろそれを宣告してあげる方が親切なのではないか、と。宣告しても感情を露にするでもなく「はい、わかりました」なんて言われるとそれはそれで拍子抜けしてしまう。

日本人はぜい肉ばかりのふとっちょではいけない。芯をもって全うするべきなのに、芯がなくては生き甲斐はどこにあるんだろう?今日はそんなことを思った一日だった。もっとシンプルに仕事をせねば。

2010年2月 1日 (月)

DJの主張

今日はいろいろ言いたいことがあります。順番に書き込みます。時計の針は・・夜の12時42分。

最近直接メールをしている方から「たまにブログ読んでいます」って言われてやっぱりこのブログは書き続けるべきなんだなぁ、と思った次第。別にその人に対して書いているわけじゃないけど読んでもらえるのって番組を聴いてもらえる以上に嬉しいものだ。

業務連絡はレスポンスがいい方がいい、って「社長のノート」という本で長谷川和廣さんが書いていた。たしかにレスポンスよく返事がある仕事相手とはスムーズに仕事ができている実感がするけど、連絡をしてからまるで宇宙に向けて発信したのか?と思うくらいに遅い人とはやっぱりうまくいっていない気がする。でも相手がメールもできないほど多忙だったら?なんと思うとそれも仕方がないけど、待つ身になると携帯のメールって案外業務ツールにするべきじゃないな、とも思う。待っている間にも状況は変わるしね。レスポンスからレスポンシビリティ(責任)という派生語があることを軽視しているとも思う。実はこの時間も「待ち」なわけで・・。

そういえば今日HMV渋谷でインストアライブを観に行った。アーティストは菅原紗由理さんというシンガーで秋田県横手市の出身。その会場で久しぶりに音楽評論家の吉見佑子さんに会った。何年ぶりでしょうね・・・多分10年くらいかな。それほどお会いしていなかったのに10年前と同じ口調で同じ表情で「あ・・・仙台から??」なんて10年前の情報で話しかけてくれたのは時間が止まってた証拠。東京で仕事していることを告げると「なんで(この歳で)出てきたの??」と言われ、それはそれで一般的にはそう思われるわけで、多分この歳で何かを始めるのってやっぱり大変だと思うのかな?って改めて感じるけど、結局そうしたかった自分の意識が強いからなんとも思わず、いつもと同じく「住んでみたかったんですよ・・」なんて言って軽くかわしてしまう自分がマニュアル通りだなぁ、と反省。「ラジオなんてもうダメでしょう?」ここでもまた言われたか・・。
ラジオで仕事していて自分の業界をこう言われるのはもう慣れっこだけど、これは自分に対してエールを贈られているといつも思う。僕がダメにするわけにはいかないでしょう?僕がやらなきゃ誰がするんですか!?
勝つまでやりますよ!

菅原紗由理さんはなかなかの度胸あるステージで、まだ19歳なのでたまにタメ口でMCをする感じなんか若々しさを感じた。僕と同じ秋田出身なので応援していきたい。

それと今日はある新しいプロジェクトである会社の責任者と打ち合わせをやりました。このミーティングは今の時点では水面下のプロジェクトなので話せないが、やりがいはありそう。毎日この企画で夜遅くまで自身での検討とプランニングが続くが、すぐに損得勘定をする側近に失望。このプロジェクトでは古くからの仕事仲間を巻き添えにしなくてはならず、必ず結果を「成功」させなくてはならない。プレッシャーで多少太った(笑)。

深夜1時8分。
昨日元フジテレビのプロデューサー「渡邉光男」さんを食事をした。この方は「夜のヒットスタジオ」ではその才能を開花させ、数多くのアーティストをテレビ媒体を通し輩出した方、それ以上の功績は残念ながら知らない。数多くのアーティストを見てきたから勘が鋭い。売れる、売れない判断が的確である(多分)。この方にはいつも「サトケンはアマチュアなんだよ、早くメジャーになれ!」と言われる。ありがたい!勝手ながらこのような方に出会えたのも運命だと思っている。

さて、もう深夜1時19分になってしまった。

最後に・・今一度自分の将来のビジョンを考えてみた。
なるべく多くのカテゴリーで実績を作りたいと思うし、一週間に1日はリラックスする日を作りたい。今でもあるけど、使い方が下手だから結局こんな時間。

さぁ、生き残り合戦の始まりです。人生はサバイバルだねぇ、、、。

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